著:桜城蘭
編:桜城蘭
「〇〇フリー」が増えすぎた時代に、いちばん大事なもの ~蘭の夢、桜の城に宿る【#8】~
「〇〇フリー」が増えすぎた時代に、いちばん大事なもの ~蘭の夢、桜の城に宿る【#8】~
「〇〇フリー」という言葉を、よく聞くようになった
最近、「〇〇フリー」という言葉を本当によく耳にする。
グルテンフリー、カゼインフリー、シュガーフリー、レクチンフリー。
特定の成分を除去した食生活を指す言葉で、たとえばグルテンフリーであれば、
小麦や大麦などに含まれるタンパク質である「グルテン」を避ける、という考え方だ。
理由は人それぞれ、という前提
こうした食事法が話題になる背景には、肌荒れやお腹の張り、疲れやすさなど、それぞれの健康上の悩みがあるのだと思う。
科学的な根拠に基づいて、善し悪しが語られている部分も、確かにある。
だから、状況によっては有効な選択肢になり得る、ということ自体は否定しない。
調べた瞬間に、世界が増える
ただ、今の時代は情報の巡り方が少し特殊だ。
何かひとつ、「これってどういう意味だろう」と軽い気持ちで調べる。
それだけで、次から次へと関連する記事や動画、ニュースが表示される。
あっという間に、生活の中にその話題が大量に入り込んでくる。
欲しかった情報かどうかは、後回し
もしそれが、自分が本当に知りたかったことなら問題ない。
でも、「ちょっと気になっただけ」「聞き慣れない言葉だったから調べただけ」
そんな場合でも、容赦なくおすすめは続く。
「〇〇フリー」がたくさんあるから、聞き慣れないものをひとつ調べただけなのに、気がつくと世界がそれ一色になっている。
想像以上に「理想の生活」として語られる
驚くのは、そうした記事や動画の多くが、想像以上に「それが良い生活だ」と語っていることだ。
意識している人は多い。実践している人は増えている。
そう言われ続けると、気づかないうちに、「やっていない自分」がズレているような気分になる。
いちばん大事なのは「ストレスフリー」
でも、ここで立ち止まって考える。
本当に一番大事なのは、グルテンフリーでも、シュガーフリーでもなく、ストレスフリーなのではないか。
食べたいものは、食べたい。飲みたいものは、飲みたい。
それを抑え込むことで、強いストレスがかかるなら、短期的に何かが良くなったとしても、中長期では別の歪みが出る気がする。
極端に振れない、という選択
何事も、極端はよくない。
食べ過ぎない。飲み過ぎない。
その前提さえ守れていれば、自分が好きだと思うもの、おいしいと感じるものを摂ればいい。
そう思えるようになったのは、情報が増えすぎた時代を、少し長く生きてきたからかもしれない。
「何を抜くか」より「どう付き合うか」
「〇〇フリー」という言葉は、選択肢として知っていれば十分だ。
常に従う必要はない。生活の軸に据えなくてもいい。
大事なのは、何を抜くかより、どう付き合うか。
今日この頃、そんな距離感で食べ物を見ている。
桜城蘭

人物紹介
B宝館の2代目館長。
そしてそれは、仮の肩書きではなく、真の姿の名である。
桜城蘭がその姿を現すのは、
メディア出演、登壇、式典、その他「これはもう隠れきれない」という
不可抗力のイベントが発生したときに限られる。
その際の姿は、プロフィール写真に写るとおり――
過不足なく、盛りも削りもない“本体”だ。
それ以外の時間、館長は人間界に溶け込む。
名を変え、姿を伏せ、
展示物の影や日用品の隙間に身を潜めながら、
静かにこの世界を観察している。
桜城蘭とは、
前に立つ存在であると同時に、
できるだけ前に出ない存在でもある。
今日もまた、
何も起こらなければ仮の姿のまま。
何かが起これば――
そのときだけ、桜城蘭は姿を現す。
B宝館の扉が開くとき、
そこにいるかどうかは、少し運次第である。













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